税金対策ではない相続対策としての信託の活用事例
うちは相続税がかかるほど財産がないから相続対策は必要ないですよね?
相続対策は税金の問題だけではないため、もしかしたら何らかの対応が必要になるかもしれませんよ。
相続対策の種類
おそらく一般の方が「相続対策」と聞いて、すぐに思い浮かぶのは相続税対策(税金)だと思います。
確かに、相続税がかかるご家庭では相続税がどのぐらいかかるのか、節税できるのか、納税資金は確保できるのか等が切実な問題となることがあります。
でも、相続の遺産分割協議で揉めるのは一部の富裕層だけでしょうか。裁判所の遺産分割事件のデータでは、財産額が5千万円以下の方が過半数を占めるという傾向にあります。
これは、例えば資産を数億円、数十億円持たれている富裕層だと、相続人間で遺産を分けることが可能であることが多いため、わざわざ訴訟まで進むケースは少ない一方で、遺産がご自宅と少額の現預金だけだと財産価値がご自宅に偏ってしまい、ご自宅に住まない相続人にとってはご自宅を売却して公平に分けたいという意見が出てきたときに、このままご自宅で住み続けたい配偶者や相続人と意見が嚙み合わなくなるケースがあるため等が原因です。
一旦揉め始めると、兄の方が学費を多く出してもらった、姉の方が結婚資金や新婚旅行代を多く出してもらったということに始まり、子どもの頃の嫌だった思い出が芋づる式に噴出してしまい、収集が付かなくなることもあります。
最近では、相続税がかからないご家庭においても、残された相続人が揉めないように遺留分などにも気を付けながら遺言書を作成する、いわゆる争続対策を行うケースが増えてきています。
以下では、遺産分割協議で揉めるのを防止するだけではなく、残された相続人の生活のため、事業や財産の承継のために信託を活用した事例を記載させていただきます。
信託はまだ比較的新しい制度なので、これからどんどん活用されることによって、より進化していくものと思われますので、また色々と活用方法をご紹介していければと思います。
信託とは
信託とは文字通り、自分の財産を特定の人に信じて託すことを言います。登場人物は主に3名です。
- 信託する財産を拠出する人を委託者と言います。
- 信託された財産を管理する人を受託者と言います。
- 信託された財産からの利益を受ける人を受益者と言います。
例えば、父親が高齢のため、財産の管理が難しくなった時に、財産の管理を信頼できる子どもに任せて、そこから生活に必要な資金を父親が今まで通り受け取ることが考えられます。この場合、財産を拠出し、かつ利益を受ける父が委託者兼受益者となり、財産の管理を行う子どもが受託者となります。
信託を難しくしているのは、この登場人物の関係を理解することが難しく見えたり、実体法上の所有者と税務上の所有者が異なるケースがあり複雑に見えることから、敬遠されるケースがあるためと思われます。
ちなみに、実体法上の所有者と税務上の所有者をざっくり言うと、前者は財産を管理する受託者となり、後者は実際に利益を享受する受益者となります。
前述の例で行くと、信託の登記を行った段階で実体法上の所有者は受託者(子ども)が記載されます。他方で、税務上はあくまでもその財産の利益を享受するのは誰かという観点から所有者(所得を受ける者)を判断しますので、受益者(父親)となります。
ちなみに、本人の財産の管理が難しくなる場合に信託と同じように管理者を付ける成年後見制度がありますが、成年後見制度は家庭裁判所の関与が必要であったり、管理対象が特定の財産ではなくすべての財産等となるためハードルが高かったり、別途後見人に対して報酬が必要であったりすることから、信託のほうが実行に移しやすい側面があるのではないかと思われます。
ご家庭のケース
例えば、まだ子どもが小さいうちにご自身が大きな病気をされたり、子どもが障害を抱えていて自立して生活することが難しいことが想定される場合、もしご自身が早くにお亡くなりになった場合、残された子どもは大丈夫だろうかとご心配されたことはないでしょうか。
また、子どもがまだ未成年のため、現預金を生前贈与する場合でも無駄遣いしないように管理が必要ではないかとご心配されたことはないでしょうか。
そのような場合に信託を活用し、信頼できる人を受託者に選任しておけば、ご自身がいなくなった後の世界でもご自身が望まれていたような財産の管理で子どもに財産を分け与えることができます。
非上場オーナーのケース
非上場オーナーで問題になる一つは、自社株式の承継です。
現社長が後継者に会社を譲るに当たり、財産権(株式の財産価値、配当を受ける権利など)はよいが、支配権(株主総会での議決権など)はまだ自分に留めておきたいというご希望が出るケースがあります。
普通株式のまま、これを実現しようとすると、例えば株式の30%は後継者に贈与し、残りの70%はご自身で確保することになります。また、無議決権株式を導入する場合、例えば現社長1%(議決権あり)、後継者99%(議決権なし)とすれば、現社長の議決権を100%とすることが可能です。
しかし、上記のいずれについても、もし現社長がご高齢だった場合、万が一意思決定ができない状況(認知症など)になってしまうと、意思決定できる株主がいなくなるリスクが残ります。
この点、信託を活用すると、受託者を後継者としながら、現社長がご健在の場合は指図権によって議決権を行使し、判断能力が低下した場合には指図権を消滅させる定めを設けるような運用が考えられます。
また、受益者(後継者)については、受益者変更権者を設定すれば、いつでも受益者を変更することができるため(課税関係は生じますので事前に要検討)、後継者が暴走する場合の抑止力として活用するケースも考えられると思います。
大家さん、地主さんのケース
例えば、お父さん(お母さん)が老後の生活資金として、収益マンションを所有されている場合、将来的にもし意思決定ができない状況になってしまうと、大規模修繕等が行えなくなってしまうおそれがあります。
この場合も、受託者を子どもにして、受益者はお父さん(お母さん)にしておくと、建物の修繕管理の意思決定は子どもができるため、お父さん(お母さん)の万が一に備えることもできます。
なお、建物の管理に関しては、信託以外にも法人化によっても代替可能な場合もあると考えられますので、大家さんの置かれている状況によって検討することになると思われます。
また、前妻との間に子どもがいて、後妻と再婚している場合(後妻との間には子どもなし)、後妻の老後の生活資金として賃貸収入を確保しながら、後妻の相続が発生した場合には前妻との間の子どもに収益マンションを戻すという設定をすることも可能です。これを受益者連続型信託と言います。
遺言書だと相続した人の次の相続まで指定することはできませんが、信託だとこれが可能になります。